なぜ、 刺し子 なのか

 

大槌 刺し子 と共に、一緒に作品を作ることになって。

母親が、「おばあちゃん」になった歳に起業することになって。

 

刺し子業を営む本家の長男として生まれて、刺し子が常に側にある人生を過ごしたからこそ、もう一度「なぜ、刺し子なのか」をしっかりと考えて、言葉にして、刺し子そのものをを好きになってくれたり、刺し子作品に価値を見出してくれたりする人に、僕なりの個人的な思いを届けられたらと思って文章にします。

 

刺し子の存在意義

幼い時から、刺し子業の三代目だと家族内からも周囲からも言われて育ち、それが嫌で仕方なくて、実家から一番遠く離れた海外(アメリカ)にまで留学した大学時代。

「刺し子」なんていう儲からない&将来が見込めない業界では働きたくないっと、東京で全く違う仕事に就いたのにも関わらず、結局、当時の社長だった父親にお願いされる形で家業に戻ったのが2008年。

赤字脱却が命題での帰郷で、がむしゃらに頑張ったおかげか、その命題は達成することができて、ふと落ち着いた2010年の年末に、「刺し子の存在意義」を強く疑うようになって。

 

膨らみ続ける「刺し子の未来への絶望感」とか「刺し子(&刺し子を扱うビジネスをしている自分たち)はこのままでいいのかという疑問」は、僕の精神をどんどん蝕んでいって、何もかもが嫌になりそうな程でした。

 

その三ヶ月後に起こった東日本大震災。

本業をほったらかしにして、何か被災地の力になれないかと走り回ってみたけれど、結局自分の無力さを実感するばかりで。それでも諦めないように何かしようと思っていた時に出会えたのが、大槌復興刺し子プロジェクトと、大槌に住んでいらっしゃる刺し子さん達でした。

 

その場所で、「刺し子の存在意義」を、強く再認識することができたのです。

 

大きな設備投資も、長期間の研修も必要のない「手仕事」という業種は、現代の「スピードと効率」が命とも言える社会の中でどうしても置いていかれてしまう人達への、雇用(内職)の創出の機会になり得て、そしてその手仕事そのものがコミュニティとなり、社会問題を解決できるきっかけになりうるのかもしれない、と。

 

「刺し子」をキーワードとした手仕事が、「高齢化していく社会」や「地方の衰退」といった社会問題の一部を解決できるかもしれない、と。

 

だからこそ、刺し子と共に生きてきた僕たちだからこそ、できることもあるんじゃないだろうか、と。

 

もっと簡単に言えば、刺し子を通して手仕事を楽しんでくださるお母さん達の笑顔を大切にしたいなっと。

 

 

個人的な思い入れ

「地方でのコミュニティビジネスを創出したい……」という大きな夢に加えて、刺し子に対しての個人的な思い入れも強くあります。

親父の突然の死によって壊れた不安定ながらもの敷かれた人生のレール。親父の忌明けの頃には刺し子業から追い出される形で、「刺し子業の三代目」という肩書きから、から何も肩書きがない一人になっていました。

家業だった会社相手を相手にして戦うことにも意味を見出せず、僕は妻のいるアメリカへ、母親は母親の両親の介護もあり、地元飛騨高山に残ることになりました。

 

見方を変えれば、刺し子から離れることができたのです。

存在意義は見つけながらも、あれだけ不安になりながら、将来性を憂いながら、非効率なビジネスモデルで如何に利益を上げるのか日々足掻いていた日々から解放されたのです。

 

「良い機会だ。もう刺し子からは縁のない日々を送ろう」

そんな風に思ったことも一度や二度ではありません。

それでも数ヶ月して、半年して、毎日のように母親と話す度に、やっぱり刺し子の話題があがるのです。母親は刺し子への愛情を捨てられず、僕も刺し子と向き合う中で見出したアイデンティティを忘れられることができなかったのです。

 

普段は思いつきで動く天然の母親なのですが、2014年の夏に神妙な様子で僕にこういうのです。

「淳が、もし淳がもう一度刺し子と関わっても良いと思ってくれるなら、力を貸してくれるなら、私はやっぱり刺し子を今後も続けたい。文字通りゼロからのスタートになるけれど、だからこそ今まで存在した制限がなくなって、本当に私がしたい刺し子ができると思うから。力を貸してくれる?」

 

相当考えたんだと思います。

考えて考え抜いた結果、30年以上の日々を捧げてきた刺し子を、今このタイミングで諦めたくない。そしてやっぱり、刺し子と刺し子製品が好きだからなんとかして続けていきたいという結論に到達したんだと。

 

アメリカに生活の拠点を置いて、子育て担当の主夫になる予定の息子にお願いをするのです。やっぱり相当な覚悟もあったと思います。

僕も、「”できる限り”という甘え付きで申し訳ないけれど、アメリカで出来ることがあれば何でもサポートはするよ」という旨を伝え、事務的な話も進め2015年の1月に事業開始を発表しようと決めたのでした。

 

母親にとっての、30年以上もの刺し子との日々。

僕にとっての、30年近い刺し子との思い出。

 

やっぱり僕らは、刺し子無しでは前に進めないんだと思うのです。

 

今後の課題

 

刺し子業のビジネスモデルを構築する上で、構造的な課題が山のようにあります。

「効率良くするための業務改善」そのものが、不可能なことが多いのです。

 

まず僕たちの目指す「刺し子」の、大前提の目的として、

「経営陣や株主の利益を追求するビジネスモデルではなく、関わる人全てが幸せになれるようなビジネス活動をしていく」というものがあります。

 

刺し子さんや内職さんを機械や部品のように考えたり、仕入業者とのきつい交渉をしたりと、通常の工場運営のようなことをすれば、上手く行けば利益は上がり、それなりに株主や経営陣が利益を享受できる組織は作れるかもしれません。

ただ、それでは幸せが作れないことを、もう僕らは一度経験しています。だから、同じことは繰り返したくありません。

 

”作品を作ってくれる刺し子さんや内職さんに十分な報酬が出るようにすること。仕入れに関しても、できるだけ日本的な産業を守れるような仕入先を選び、且つ仕入先の将来も安心できるような価格で取引すること。”

 

こんな夢物語のようなビジネスを考えているのです。

でも、この夢物語が形になるからこそ、一度離れた刺し子にもう一度戻る価値があるのだと思っています。

 

夢を叶えるための課題は、尽きません。

大前提として刺し子は全て手作業です。刺し子さんの気持ちや予定を大切にしつつ、販売できるだけの作品を作り上げていく。並大抵の信頼関係ではできません。刺し子業は、人と人との仕事なのです。

キャッシュフローも大きな課題の一つです。

例えば、好評を頂いている草木染めの刺し子糸。これは母親が自分用に染めたものを、販売してほしいという声に応える形で始めたものなのですが、どれだけ人気が出ても一度に染め上がる糸は20本が限度。売値にして20,000円にも満たないのです。つまりは、大量生産ができないため、大きな利益を生むことが難しいということです。

 

だからこそ、刺し子

大量生産をした商品を、大量に消費することだけが社会の正解なのでしょうか?

株主に利益を配当することだけが、社会の正義なのでしょうか?(株式会社としてしまえば、株主に利益を出すことが命題ではありますが。)

 

僕自身、まだまだ「効率的に生きること」が大事だと思っていますし、生活が楽になる「イノベーション」にも強い興味を持っています。お金を稼げる仕事をしたいし、お金を動かしてこそ社会に貢献していると言えるのだとすら思っています。

 

それでも、この手仕事で、母親と母親に関わってくれる人が幸せになるのなら、僕は人生を懸けて精一杯刺し子を応援して良いと思っています。刺し子で結果を出すことも、社会に違った考え方を投げかける上でとても大切だとも。

 

正直な話、はっきりと「”刺し子”が正解で正義だ」と思えるところまでは至っていません。まだ手探りの状況です。

ただ現時点で、「刺し子を通して幸せを感じられるコミュニティ」が存在している以上、僕はこのコミュニティを守りたいし、そこで作られる作品や価値観の素晴らしさを、どんどんと伝えていけたらと思うのです。

 

不安定な今だからこそ、スピード感と効率性が重視される社会だからこそ、刺し子のようなゆったりとした人間らしい仕事が存在してもいいのでは、と。

 

なぜ刺し子なのか。

それは、刺し子が、「人間が”衣”という概念を形成した頃から存在する文化」だと僕は信じていて、この衣を大切にするという文化こそが、今の社会問題への解決策の一つになるのではと信じているからです。

 

 

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