淳の刺し子配信について

 

「刺し子を動画配信したら、興味を持ってくれる人はいるだろうか?」

アメリカで刺し子を土台とする会社を設立した後、なんとか僕と刺し子を知って頂く方法はないかと考えた際に思いついたアイディアでした。

 

本来(ずーっと)一人でやっていた刺し子を、画面越しで行う。実際には一人で刺し子をしているだけなのは変わらないのだけれど、オンライン上でコメントを頂いたりして、その「繋がっている感」が本当に楽しくて、開始当初は毎日やってしまっていた程。様々な方からアドバイスやご意見を頂いて、現在、日本時間毎週火曜日と金曜日の午後23時よりインスタグラム上にて配信をしています。

 

どうして配信なのか?

 

当初の目的は「刺し子を知って頂くこと=見込み客を確保すること」でした。刺し子が好きな人、刺し子に興味がある人が増えれば、それだけ市場は大きくなります。また、刺し子を好きになって継続して頂く為には、知って貰わなければ話になりません。宣伝効果を狙った窓口の一つとして開始した配信ですが、今では、その立ち位置が少々変わってきています。

手仕事が、そして刺し子が好きな人と繋がれる場所。そんな場所になりつつあります。

 

手仕事が好きな人が集まれる居場所として

 

大槌刺し子との出会いや、子育て&専業主夫をしていた時間を通して、人生においてかけがえの無いものというのが、僕なりに再定義できています。

それは、「居場所」。

 

やりがいのある仕事ができている方は、仕事場に居場所があるかもしれません。家族を支えるという、とても重要な役割を担っている方は、家族の笑顔によって家の中に居場所を持っているかもしれません。

「絶対的な居場所」じゃなくて良いのです。普段の何気ない毎日の中で、ふと毎週火曜日と金曜日の夜には、日々のいろんなことを横において、針と布と手仕事とで過ごせる場を提供できたらと思うのです。手仕事の作業の多くは、一人の時間であることは間違いないのですが、その一人の時間が孤独である必要もないと思うのです。(もちろん、孤独の時間も必要ですが。)

 

冗談たっぷりの話をしながら(コメントしながら)、時には黙々と、時にはダラダラと手を動かす時間。そんな時間を作れれば良いなと思うのです。

 

気づきがある場所として

 

繰り返し話をしてきていることですが、「刺し子」のような一般的に普及していた手仕事には、これといった正解はありません。それぞれの文化の発展の形があり、そして、それぞれの形に正解や間違いといったラベルを貼っていくことは、無粋なことだと思うんです。

逆に言えば、「私は正しく、他は間違いだ!」と主張することが、唯一の間違いと言えるのかもしれません。

 

私自身、そういう思いがあった時代もありました。それは誰かを貶めようとする為ではなく、単なる無知から発生していたように思います。だからこそ、日本全国に散らばる様々な手仕事の話をすることを通して、配信を見てくださっている人から学び、それを共有していく。

 

気がついて調べる。

調べて学ぶ。

学んで質問する。

 

そんな場ができれば、きっと昔ながらの日本の素晴らしい文化も世に残っていくのではと思っているのです。

 

寂しいなと思うことは、「知らないこと」に気づけないことです。

「知らないことだった」と気付きある配信にしていきたいと思っています。

 

笑いが一番大切

 

それなりに振り幅が大きい人生を歩んできて、ある一つの信念が僕にはあります。

 

それは

温かいご飯と、笑いがあれば、人は生きていける

ということです。

 

どれだけ苦しくても、寂しくても、孤独でも、辛くても。温かいご飯と、声に出して笑えるなにかがあれば、絶望的な一線は越えないのいうのが僕の信念であり、願いです。

 

だからこそ、手仕事に関する話を通して笑いを提供していきたいと思っています。

「これが刺し子なんだ!」という熱い話をすることもありますし、真面目な話をすることも多々あります。ただ、それだけでは居場所というには程遠い。温かいご飯をすべての方に準備することはできませんが、「笑える瞬間」を提供することはできると思うのです。

すべての人の「希望を叶えること」はできないからこそ

 

十人十色というように、配信をご覧くださる人の数だけ、僕の配信から受け取って頂くものは違ってくると思っています。僕がどんな意図で配信をしようと、最終的な感覚は、配信を見てくださっている方のフィルターを通したものです。常にリアルタイムと一緒で、かつ不特定多数の公共の場でやっている配信の為、いつもどこかで「誰かを不快にさせてしまうリスク」に対する心遣いはしています。と同時に、そのリスクはどこまで「心を通わせることが難しい第三者」を慮れば良いのかがわからないままです。

 

縮こまってしまった配信をしても面白くはありません。

僕の刺し子に対する思いを、「これを言葉にしたら誰かを傷つけてしまうかもしれない」という不安だけで抑制してしまうのであれば、僕の思いは、立場によっては誰かを傷つけてしまうと思うのです。だから、一般常識的にNGなことは制限するとしても、それ以外のことは、「淳個人の、一個人の思い」として聞いて頂ければと思うのです。

 

例えば……

僕には好きな刺し子糸と、苦手な(使いたくない)刺し子糸があります。その違いについては配信でも口に出しています。その好き嫌いを言うことによって、万が一、その僕の苦手とする糸を使っている人は気分を害してしまうのではないか……と慮ってしまうと、刺し子糸にたいする嗜好は何も言えなくなってしまうと思うのです。

 

だからこそ。

フィルターをかけずに、淳個人の配信として、今後も聞いて頂ければと思うのです。

 

当たり前にあった場所を作るだけのお話

 

少し大袈裟な表現になってしまうとは思うのですが、昔は当たり前にあった「両親(両祖父母)が培った生活の知恵を受け取る場所」というのを作りたいだけの話なのです。

 

刺し子のような、当たり前の生活に当たり前に存在していた手仕事文化は、本来、母から子へ、そのまた子へ、伝えられて残ってきたものだと思っています。昔は、針仕事が苦手だろうがなんだろうが、それが家族の中での役割であり、仕事でもありました。多種多様な生き方が認められる現代では、針仕事(手仕事)が好きな家庭では受け継がれるけれども、それ以外では廃れてしまう文化が、こういった手仕事です。

 

「家庭内の手仕事が当たり前ではない環境で育った場合は得られない技術」だと、本当にいつか途絶えてしまうと思うのです。そんな当たり前にあった、家族っぽい関係の居場所を、配信を通して作っていけたらと思っています。

 

今後共、どうぞよろしくお願い致します。

 

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