刺し子は、日本人の日常の中に存在していました。冬の寒さから少しでも実を守るために、擦り切れた布地を補強する為に、私達のご先祖様は布をつなぎ合わせ、針を通し、糸で模様を作り、そして日常を生き抜く強さと美しさを楽しんでいたのだと思います。
その後、刺し子が文化になるにつれ、「刺し子職人」や「刺し子ギルド」という概念が生まれました。刺し子を楽しむ人々が集まり、場所によっては会社を作り、刺し子を楽しむ人達が刺し子を後世に残してきました。現代もこの動きは続いていて、刺し子作家と呼ばれる方々も沢山いらっしゃいます。
刺し子職人に囲まれて育ってきた僕は、なぜか「刺し子は一人でするものだ」と思っていました。一人ひとりの刺し子職人にはプライドがあり、一人で一つの作品を仕上げることが素晴らしいことなのだと、心のどこかで思っていたのです。それはきっと、「刺し子好きが集まる場所」でも一緒で、「これは私の作品だ」とプライドを持った方がいて、その自信と技術がある方が刺し子を広めて、そして活動を続ける中で組織になっていったんだと思うのです。同時に、日本各地に、「刺し子作家」として、一人で(あるいは数人で)活動されている方もいると思います。
みんなで共有する刺し子作品
2011年の震災以降、大槌復興刺し子プロジェクトとの関わりを頂いて、ふと「刺し子をみんなで共有する(一緒に楽しむ)」ことこそ、刺し子の原点に近いのではと思うようになりました。コミュニティビジネスという願いの中に存在した、「手仕事のチカラ」を実感したのがきっかけでした。それまで思っていた、「刺し子は個人の個性が存分に表現できるものだ」という思いから、「様々な技術&感性を持った人が一緒に刺し子を楽しんで、一つの作品を作り上げる刺し子」という作品の可能性を感じるようになったのです。
現代だからこそ、できる”離れ業”
刺し子は地方に根付いたものです。青森のこぎん刺し、菱刺し。山形の庄内刺し子。岐阜の飛騨さしこ。雪深い地域に残された文化を人々が受け継ぎ、それを現代に伝えてきています。地方に、刺し子をしている人(刺し子が好きな人)が集まったから残った文化とも言えると思うのです。周囲に刺し子をしている人がいない場合、この動きはなかったとさえ言えると思います。
僕達の主な活動の一つに、「刺し子の楽しさを伝える」というものがあり、その願いを叶える為に、「運針会」という刺し子の運針を伝える活動をしています。教えることができる講師(僕)が米国在住の為、この運針会は、インターネットを通しての講習会です。この講習会からして、以前だったらボトルネックになってしまっただろう物理的距離が、もう問題ではないのです。
オンラインで共有し、一つの作品を作る
インターネットによりコミュニケーションに物理的距離が問題ではなくなったと同時に、物流も発達して、金銭的に少ない負担で布と糸を送ることができるようになったのが現代です。「刺し子好きが一緒に集まって刺し子作品を作る」というプロジェクトを立ち上げる時に、もう物理的距離は障害にならないのです。
運針会を始めた2018年から、その運針会や刺し子配信で口に出していたことがありました。「運針の楽しさを学んで下さった方と、一緒に何か作品を作れたら面白いなぁ」と。その「面白いだろうなぁ」という思いつきを、2019年、遂に形にすることができそうです。
指揮者が恵子さん。みんなで作り上げる一つの作品。
運針会に参加下さり、またその後も継続的に配信を御覧頂いたりご連絡頂ける方は、基本的に刺し子はめちゃくちゃ上手です。刺し子が上手かどうかは主観的なものもありますし、好き嫌いも大きなファクターを占めるので簡単には言えないのですが、「運針が楽しい」=「綺麗な針目にはなっている」という一定の確信があります。
音楽で言えば、みんなもう楽譜は読めるし、ある程度の音は出せるんです。音程もそれほどズレない。音色(楽器)は人それぞれ違うけれど、得意なことは別々だけれど、でもみんな一定のレベルには到達している。となれば、これを一つの作品にする為に必要なのは、一人の指揮者だけなのです。
最初に青写真を描き、最終的な形を頭の中に描き、個性的な刺し子布を一枚の作品として繋ぎ合わせる。答えの無いパズルを組み立てられる人が必要で、今回は恵子さんがその大役を担ってくれる事になりました。最初は、「実験的なものだから、古典柄をそれぞれ刺してもらって、後は並べて仕立てればいいんじゃない?」という、妥協案的なものから話が始まったのですが、恵子さんの想像がどんどん膨らんで(暴走して)、この文章を書いている私ですら想像ができない作品となりそうです。
さて。長々と書いてしまいましたが、きっと世界を驚かせるようなプロジェクトになるのでは……と思い、気持ちを思っきり込めた文章にしたいと思っています。そして、今後もプロジェクトの紹介を続けていこうと思っています。
運針会ジャケット2018
2018年に運針会に参加下さった方で、且つその後も連絡をさせて頂いている方を対象として、「刺し子ジャケットを22分割した内の数枚の刺し子にご参加頂けないかという旨」を依頼しました。現時点でご参加頂いている方が13人で、各々への材料(刺し子糸や布)は、指揮者である恵子さんの指示書と一緒に送られています。
ご参加頂いている方それぞれのペースで刺し子をして頂き、複雑な柄を楽しんで頂き、できた段階で恵子さんに刺し布を返送頂く予定です。また、刺し子の過程を共有するためにLINEにてグループを作り、みんなで盛り上がりながら、「あーだこーだ言いながら」刺し子を進めて下さっています。この「刺し子を通したコミュニティ作り」こそ僕が願うものの一つであり、配信や運針会、そしてこのジャケット制作を通して、そのコミュニティが形になってきているのが本当に嬉しいのです。
22枚の刺し子布が集まった段階で、恵子さんが一つのジャケットに仕立てます。一人一人の個性ある刺し子の針目、それぞれの草木染め糸の配分、自慢できる針目も失敗だーと思ってしまう針目も、全て一つの作品として形にできたらと思うのです。
このプロジェクト、「やりたいなぁ」と思っても、信頼関係がないとできないなぁと思っていました。人間関係としての信頼関係も勿論大切なのですが、「運針を楽しみ、刺し子を楽しんでくれる」という、運針会で築いた刺し子の根本的な信頼関係が、とてつもない安心感を作り出してくれています。
僕達が伝えるメッセージは変わりません。「刺し子には正解も間違いもないこと」「人様と比べるのではなく、自分のペースで、自分が楽しめる刺し子をしてほしいこと」。この自分らしさを守りつつ、且つ安心していられるというのは、ある意味では僕の夢が叶った形でもあるのです。
進捗は、こちらもウェブにて紹介します
この刺し子ジャケット。
同様のデザインで、昔は一人の刺し子職人さんと一緒に作ったことがあります。複数人の刺し子を一枚のジャケットに繋ぎ合わせるという意味合いでは、大槌で作った野良着がとても素晴らしい出来で、形になりました。
今回はこの二点(同様の複雑なデザインを、複数人で行う)が癒合して一つのジャケットとして形になるものです。やっぱり楽しみで仕方がないです。
オンラインで皆様と出会い、配信を通して運針の楽しさを伝え、運針会を通して刺し子が上達して下さり、そしてこのプロジェクトに至ります。実は誰ひとりとして僕はお会いしたことがないのです。
それでも、「刺し子」という共通点で、安心して楽しんで何かを一緒に作り上げることができる。これは凄いことだと思うのです。物理的距離をふっ飛ばして、時間の概念もふっ飛ばして、今と昔の日本を重ねる。
そんなエピックな刺し子プロジェクトの進捗は、このブログを通してご報告し続けていく所存です。お楽しみに!
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