遂に、この話題に触れる日がきたかと思うと、とても感慨深いです。僕の刺し子に対する思いの、源流のようなものを今回言葉にしようと思います。今まで言葉にするのが怖くて、遠回りの表現をしてきた思いです。
Japanese Sashiko というタグ
ある日、「日本の伝統である鳥居は赤なのだから、刺し子の伝統も赤でカラフルだろう?」という発言を英語でコメント頂き、コップから水が溢れるかのように、「日本語圏外での自由な刺し子の解釈」への違和感が嫌悪感に変わりました。その方の鳥居の発言そのものが重大なのではなく、ここ2年くらい違和感をため続けてきた僕のコップへの最後の一滴だったのだと思います。
その後、衝動的に、インスタグラムとFacebookにて、「日本の刺し子を再定義したい」というお願いを開始しました。この一歩を踏み出したタイミングは衝動的で、あの日に行うという予定があったものではありませんが、この「日本の刺し子を再定義したい」という思いは、日本語圏外での刺し子の自由な解釈への違和感を感じた当時(2016年頃)からずっと考えてきたものです。
インスタグラムでは#JapaneseSashiko というタグを付けてもらうこと。
Facebookでは、「日本の刺し子」と思える作品写真を共有頂き、それを日英両言語で認めあえる場所を作ること。
「刺し子(Sashiko)」という言葉そのものが日本語なので、「日本の刺し子」と表現することそのものに違和感も寂しさもあるのですが、刺し子が流行の波に飲まれている今、敢えてその言葉のチカラに頼ろうと思っています。このブログでも繰り返し述べている言葉ですが、僕は「日本の(営みとしての)刺し子」を後世に残したいのです。
Sashikoは既に日本”だけ”のものじゃない
良いか悪いかは別として、「Sashiko」という言葉は、もう既に日本語だけのものではないように思います。多くの人が、Sashikoを楽しみ、Sashiko関連の本も毎年英語を含め何言語で何冊も出版されています。多くの日本語(例えばSushiだったりBonsaiだったり)が日本国外に出てその地位を確立するように、Sashikoもその地位を確立させようとしているのかもしれません。
横文字でのSashikoが、SushiやBonsaiと大きく違う点が一つあります。それは、日本人が英語で出版した情報源が限りなく少ないことです。各地に点在する刺し子を切り取り、それを刺し子として解釈された本は存在しますが、日本全体の刺し子を纏めて、且つそれを客観的に日本文化と共に一緒に紹介されている英語の本を僕は知りません。文化や伝統を守る確固たる組織があれば、例えば「全国刺し子保存会(そんなものは存在しませんが)」とかがあれば、僕がこれほどまでに臆病且つ慎重になる必要はないのですが、「違いがあってそれで良い」として今まで残ってきた刺し子は、そもそも論として「正解を定義する文化」ではないのです。それが日本語圏の、「対比によって正義を導き出してきた文化」の中で、本来の姿を見失ってしまうのが怖くて、この「日本の刺し子の(画像での)再定義」という一歩を踏み出しました。
何がしたいか。実は二段階の願いがあります。
- 日本的な刺し子の画像を集めて、「これが刺し子だ!」と画像で伝えるだけの情報量が欲しい。言葉での表現よりも力強い画像での伝達が必要だと考えています。
- 「日本の刺し子」という言葉を提案することにより、日本国内で刺し子をしている日本人の方に、「あれ?刺し子ってなんだっけか?」という一歩踏み込んだ熱量を感じて欲しい
当たり前ですが、(1)が主な目的です。ただ、(2)も(1)に負けず劣らないくらい大切な要素だと思っています。
インスタグラムのタグでもわかるように、#JapaneseSashiko の画像の中には、「あれ?これって刺し子だっけ?」という画像が沢山入り混じっています。これが2019年末現在の現状であり、Sashikoの現実です。「刺し子なんてなんでも良い」と思う方もいるかもしれないし、僕みたいに「これ、刺し子じゃないんじゃないの?」と違和感を持つ人もいると思います。もっと刺し子に熱量を持っていらっしゃる方は、「こんなの刺し子じゃない!」と怒りを持つ方もいるかもしれませんし、全く逆に「こういう刺し子も良いじゃない」と変化を前向きに捉える方もいらっしゃると思います。
僕の立ち位置は明確にしていて、「日本人の営みとしての刺し子」を残したい……というものなのですが、同時に、一人でも多くの刺し子好きの方を巻き込んで、エネルギーの渦を作りたい。そう願っていた数年間の第一歩が、今回の#JapaneseSashiko なのです。お味噌汁を、自然なお味噌汁として楽しみたいのですよ(お味噌汁論についてのブログはこちら)。
日本人という不思議な民族
刺し子をお伝えする時に、「日本人であればOK(日本語がわかればOK)」とハードルを下げてしまう程に、日本人という民族と、そして日本語を話す方々というのは特殊です。海外で学位を取り、国際結婚し、日本国外で生活をする毎日が、僕にとって、その日本人の不思議さの再発見の連続なのです。
今回の #JapaneseSashiko というようなエネルギー(熱量)の集積地を作る場合、懸念しなければいけないのが「邪念」です。人のエネルギーが集まる場所は、願いや希望が集まる場所であってほしいのと同時に、欲や嫉妬も集まり易い場所です。だから、本来であれば相当気をつけて準備(根回し)をしてからのお願いが理想なんだろうなと思うのだけれど、一つだけ(これまた)不思議な、刺し子好きへの確信があります。
「刺し子を長い間続けることができるだけの刺し子好きな人には、邪な考えを持つ人がいない。」
おいおい、そんな断定して良いのかよ!と突っ込みを頂くかもしれませんが、35年間刺し子をずっと側でみてきた僕なりの一つの結論です。誤解しないでほしいのが、刺し子界隈には「欲と嫉妬」を身に纏った方はいます。でも、彼ら彼女らは「刺し子をしない(続けない)」んです(笑)。刺し子を使ってお金儲けをする人もいれば、刺し子を使って有名になろうとする人も勿論います。中には「私の刺し子が一番だ!」と他を見下す人もいるかもしれません。でも、不思議と、そういう人は結果として「刺し子をしなくなる」のです。
実は論理的にも説明できる現象で、「刺し子を続ける」=「お金儲けや有名なる」という方程式は、ほぼほぼ現実化しません。なんなら、不可能です。お金が欲しかったり、有名になりたかったりした場合は、どこかで刺し子をする時間を諦めなければいけないからです。だから続けられない。僕も油断をすると、その道に入ってしまう可能性があるから、配信を通して必ず刺し子はするんです。どれだけ忙しくても刺し子を続けるからこそ(刺し子を楽しみ続けるからこそ)、僕の願いに人様はチカラを貸してくれると思っているので。
「日本人で刺し子を続けている」というだけで、無条件で「ようこそ!」となってしまうのは、日本人的な不思議さと、刺し子の本来の姿に大きく影響を受けています。日本人の不思議さについては、また別途ブログで紹介しようと思います。配信でもきっと話すとは思うけれど。
だから、僕が日本語で日本の皆様に対してお願いをし続ける限り、このインスタグラムでのタグと、Facebookグループでの動きは、きっと「誰かを傷つける行為にはならない」と思っているのです。
文化は変化します。寧ろ、変化するから文化なんだと思います。エビフライを巻いた海苔巻き寿司に衣を付けてこんがり挙げたものを、SUSHI(寿司)と呼び、ついでに「ゴジラロール」と名前を付けて、「日本の寿司最高だぜ!」というのが、日本国外での寿司文化の一翼です。深く考えると、「バカにされてるんじゃないの?」と思ってしまうこの流れも、日本人は笑ってみています。もっと言うと、そんなゴジラロールも日本人を馬鹿にするために作られたものじゃなく、純粋に寿司の可能性を突き詰めた(味を現地化した – ローカライズ化)の形なんだと思います。
刺し子にも同じことが起こる可能性があって、それはもう、僕たちでは止めることもできないし、止める必要もないのだけど、日本には伝統的なお寿司屋さんが沢山あって、そこではゴジラロールを頼んでも何も出てこない用に、「刺し子っぽい刺し子」も残していきたいんです。でも、これは僕の独りよがりじゃだめなんです。刺し子好きな方と一緒に、共に道筋を残したいというのが何よりもの願いです。
1年半前の2018年3月に、以下のようなことを書いていました。この一年半越しの思いの一歩が今回の#JapaneseSashikoです。
日本人的な刺し子を、これからもずっと継続して残していきたい。「もったいないというモノにたいする感謝」と「貧乏の中にある意地」を刺し子として残してきた先人たちの日々を、なんとか後世に伝えて行きたいと思うのです。何よりも、「針仕事が楽しいんだ」という事実は、100年後も、200年後も、人間が人間である限り、残って欲しいと思うのです。
この流れは、私一人では作れません。
「純粋に針仕事を楽しんでいる日本人」が沢山集まることによって、自然と作られる流れ、だと思っています。流れの中心は私じゃない可能性も高いですし、私自身、私が中心になろうとは思っていません。「刺し子を尊重している&純粋に楽しんでいる」人であれば、誰でも良いのです。
http://sashico.com/article-1/
前置き(!?)が長くなりました。本題に入ります。僕の刺し子への思いの源流です。そして、「日本の刺し子」を表現し続けたい理由の源泉です。
たかが刺し子に
基本的に、僕の刺し子に対する受け皿(許容量)は大きいと思っているのですが、一つだけ超えて欲しくない一線があるとすれば、「刺し子を必要以上に馬鹿にされる」ことだと思います。「日本の(営みとしての)刺し子を伝えたい」という大きな夢の裏には、「刺し子と共に生きる(生きた)自分の人生を否定したくない」という個人的な願いがあります。だからきっと、刺し子を馬鹿にしていると感じてしまうような安易な解釈には違和感を感じてしまっていたし、その違和感の積み重ねがある瞬間に嫌悪感に変わってしまったのだと思います。
「たかが刺し子じゃないか」
所詮、詰まるところ刺し子は単なる針仕事の一つの形です。「たかが刺し子じゃないか」という言葉は、誰の言葉でもなく、僕自身の言葉です。物心付いてから大槌刺し子に出会うまでの10数年間、毎日のように繰り返していました。「たかが刺し子に人生懸けられるかよ」って。「刺し子業の三代目なのだから……」という言葉には、たかが刺し子業の社長で何が嬉しいのかと反発したり。
誰でもなく、僕自身が刺し子を馬鹿にしていました。刺し子業の一家の長男に生まれた日々を呪っていました。刺し子とは関わりのない人生をどれだけ夢見たことかしれません。2012年前の僕をご存じの方はどれだけいるかわかりませんが、昔は刺し子業に身を費やしながらも、「刺し子を通して見ていた風景」がありました。刺し子そのものは見ず、刺し子を使って辿り着ける(かもしれない)場所を、自分の成長を見ていたんだと思います。
そんな馬鹿にしていた刺し子。「たかが刺し子」。それが「されど刺し子」に変わったのが大槌刺し子の皆様との出会いであり、また親父の死でもあります。そ2011~2013年の2年間の前後の僕は、全く違う人間と言っても過言じゃないはずです。
誇らしい刺し子はあるのか?
昔から、「素晴らしい刺し子」を目にしてきました。信じられないような針目の刺し子作品に囲まれて生きてきて、「誇らしい刺し子」を受け継ぎ後世に残す(仕事を作り続ける)のが役目だと教えられてきました。
そんな中、襤褸(BORO)の流行が起こります。実家の刺し子家業では、古布を継ぎ合わせるパッチワーク的な刺し子作品を作ることはあっても、襤褸を復元することはしませんでした。僕自身、襤褸にはそれほど触れようとしてきませんでした。
なぜか。襤褸が恥ずかしかったからです。
襤褸を作る時は、どうしても、「不揃いな針目」が出ます。ただ、もし「元の姿に戻すこと(布としての役割を補ってあげること)」が修復の本来の目的であるのであれば、目に見える針目(補修)は未熟な技術しか持っていないことを曝け出すことに等しいと考えていました。襤褸について話を聞き、勉強し、本を読む中で、「日本人の意地」としての襤褸の素晴らしさについて思いを馳せ、今では「昔の日本人と思いを共感(シンクロ)させるために襤褸を作る」程に襤褸好きではあるのですが、同時に「未熟を誇る」ようなネガティブな感じが全くないか……というと嘘になります。
「僕は未熟だ」と認めたい。怖いけれど。
針目や補修跡を残さない修復職人さんに憧れます。
その修復職人さんへの憧れは、「襤褸を作る為に刺し子をしている僕」に憧れを抱いてくれる人への違和感に繋がります。なんで刺し子なのか……と。自分の未熟さを必死に隠すために、刺し子と襤褸の正当性を文章化し、また針目を作ります。日々偉そうに文章を書いていますが、本来の姿は、それほどまでに小さいものなのです。「何もできない劣等感」を抱いて、その上で、「刺し子と共に生きていく」と覚悟を決めたのが、本来の姿なのだと思っています。
「僕は未熟です」と認めたいんです。怖いけれど、そうやって本音で前に足を踏み出せることが僕の今の強さです。家業を背負っていた時は考えられなかった本音ですから。それでも、英語圏では、「僕が未熟だ」という本音を受け入れてくれる土壌がありません。それは英語圏では必要以上の謙虚さとして理解され、そしてそれが傲慢さとして捉えられることもあるのです。それは、英語圏での刺し子への目線が僕とは全く違う所にあるから起こる現象です。僕は刺し子や襤褸に少々の日常の恥を感じる所があるし、海外は逆に刺し子や襤褸を芸術作品として捉えすぎているのです。だからこそ、日本の刺し子として、技術や結果以外を伝えないと大変なことになると思っているのです。
未熟な針目を、何の恥ずかしげもなく、「刺し子」だ「襤褸」だと主張し、誇りとする人への苛立ちは、実は同族嫌悪なのかもしれません。刺し子も仕立ても補修も上手な技術がある人への憧れと同時に、なんとか自分も認めてあげたいと思う卑屈な考えが辿り着いた場所です。
繰り返します。だからこそ。だからこそ、僕だけじゃない様々な方々の「日本人(の営みとしての)刺し子」を世界に伝えて行きたいんです。
日本国外では「自分の正当化(個人主義)」が正義です。上記した僕の卑屈な考えは、日本国外では基本的に受け入れられません。2年間、「(僕の)刺し子はアートじゃない」と繰り返し言葉にしているにも関わらず、その間ずーっと「そんなことはない。淳の刺し子はアートだ」という返事しかこないのです。卑屈を卑屈として受け入れてくれる日本の文化とは違い、国外(米国)では、「自分を正当化しない」という選択肢すらないんです。だから、どんな人の刺し子も、どんな未熟な針目も、「正当化」されます。誰も悪くない。そういう文化なのです。
ただ、その「恥も外聞もない正当化」が継続されてしまうと、「恥も大切な要素の一つである刺し子や襤褸」という文化そのものが塗り替えられてしまう可能性があるのです。それが怖い。というか、寂しい。だからこそ、喜怒哀楽、恥も自慢も全て含めて、#JapaneseSashiko で再定義してみようと思ったのです。
誰が悪いとか、この考えが良いとか、二元論で分類できるものではないことはご承知下さい。極論、僕という個人の「好き嫌い」の話になってしまいます。簡単に言えば、僕が英語圏での「アートとしての刺し子」を好きになって、その舞台でスターになれば話は早いとすら思うほどに。でも、それが嫌なんです。今日のブログでは、その「なぜ嫌か」を恥ずかしい思いを抱えながら紹介できたつもりです。
でも、こういう面倒で、でも変化しつつある刺し子を受け入れるだけじゃなく、いろんな角度から見る人間がいてもいいんじゃないかなと。それこそ、アホみたいに20年間ずーっと刺し子を見て、考えて、嫌って、憎んで、でもなんだかんだで好きで結果として今も一緒にいる刺し子を真剣に考える人がいてもいいんじゃないかと思うのです。何より、こうやって書くことで、刺し子に熱量を持ち込んで一緒に考えてくれる人ができたということ。何よりも嬉しいし、恥ずかしげもなく、何の目的もなく、ただ「僕を知ってほしい」という思いで文章が書けている事に、心から感謝の気持ちを懐きながら。